金子光晴を読んでるんだけど「ロシア人のような髭を蓄えた犬をロスケと名付けて可愛がり、別れる時は朝まで枕を濡らした」っていうエピソードがあって差別だとか蔑称に大して問題意識がなかった昭和の空気感が詰まってて最高だった。“ロスケ”を可愛がる矛盾が罷り通るよね、昭和初期。タイムスリップできる。いやもちろん生まれてはいないが。でも書いてて思ったけどこの文脈での露助は蔑称として使われ方ではなくただの「ロシア人」という意味でしかなかったのかもしれないな。少し前まで「外人」が差別的じゃなかったのと同じだ。露助、果たして元々侮蔑的表現だったんだろうか。支那も外人も現代の空気が差別的表現にしただけではないだろうかと思った。でもそれが時代の流れで、ついていけない人がまた侮蔑されたりするんだろうな。うーん、諸行無常。 2024/08/09(Fri)
でも書いてて思ったけどこの文脈での露助は蔑称として使われ方ではなくただの「ロシア人」という意味でしかなかったのかもしれないな。少し前まで「外人」が差別的じゃなかったのと同じだ。露助、果たして元々侮蔑的表現だったんだろうか。支那も外人も現代の空気が差別的表現にしただけではないだろうかと思った。でもそれが時代の流れで、ついていけない人がまた侮蔑されたりするんだろうな。うーん、諸行無常。